Share

運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました
運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました
Author: 常陸之介寛浩

第1話 あなたの番刻印は偽物です

last update Petsa ng paglalathala: 2026-08-09 09:31:21

 王の即位式を止めるのなら、もう少し劇的な方法があったのかもしれない。

 祭壇へ駆け上がるとか、衛兵を振り切って王の前に立ちはだかるとか、あるいは大勢の貴族が見守る中で「その男は王に相応しくありません」と叫ぶとか。

 けれど、私は昔からそういう芝居がかったことが苦手だった。

 だから北方七群の代表者と王国の重臣、それに神殿の高位司祭までが息を潜めて見守る荘厳な即位式の最中、私は監査官用の黒い手袋を外しながら、ごく普通の声で言った。

「恐れ入りますが、その即位式、一度止めていただけますか」

 一瞬、誰も意味を理解しなかったのだと思う。

 大聖堂に響いていた聖歌が止まり、銀の香炉を持っていた少年司祭がぽかんとこちらを見て、その少年の横にいた老司祭が「え?」と非常に格式のない声を漏らした。

 私としては、そちらのほうが少し面白かった。

 もちろん笑える状況ではない。

「何者だ」

 低い声が大聖堂の奥から落ちてきた。

 声を荒らげたわけでもないのに、空気が変わる。

 祭壇の中央に立つ男――北方七群を実質的に統べるアルファ王、カエル・ドラヴェンが私を見ていた。

 黒髪。

 金の瞳。

 即位式用の黒衣には銀糸で王家の狼が刺繍され、肩から垂れた黒い毛皮まで含めれば、これほど「近寄ったら噛み殺します」と全身で主張している男も珍しい。

 実際、噛み殺すどころでは済まないという噂だった。

 反乱を起こした南部のアルファを一晩で鎮圧した。

 三年前の国境戦争では敵将七人を自ら討った。

 裏切った家臣を笑顔一つ見せずに処刑した。

 私が王都に入ってから聞かされた話だけでも、人間が食事中にする話題としては胃にもたれるものばかりだった。

 そんな男が、私を見ている。

「月印監査院所属、上級監査官リア・ヴェイルです」

「知っている」

「あら」

 思わず言ってしまった。

 カエルの眉がわずかに動く。

「私、有名でしたか」

「俺の即位式の二日前に王都へ入り、到着早々、宿屋の主人夫婦の番契約が偽造だと暴き、その翌日には西門守備隊長の重婚を摘発した女だろう。嫌でも報告書が上がってくる」

「後者は私ではありません。重婚を見つけたのは守備隊長の奥様です。私は契約書を確認しただけです」

「今、その訂正が必要か?」

「事実は正確であるべきですので」

 左右から何とも言えない視線が突き刺さる。

 駄目だ。

 初対面の王に対する態度ではなかった。

 分かってはいる。

 けれど、王だからといって間違っている記録をそのままにされるほうが落ち着かない。

 カエルは数秒間、私を見た。

 怒るかと思った。

 ところが彼は、ほんの少しだけ口元を歪めた。

「なるほど。報告どおりだ」

「どういう意味でしょう」

「面倒な女だという意味だ」

「奇遇ですね。陛下について提出された資料にも似たようなことが書かれていました」

 今度こそ大聖堂が凍りついた。

 誰かが小さく咳き込む。

 私は少し後悔した。

 半分だけ。

「監査官殿」

 祭壇脇から、痩せた高位司祭が進み出た。

「あなたが月印監査院から正式に派遣された方であることは承知しております。しかし今は陛下の即位式です。監査については式典終了後、しかるべき場所で――」

「それでは遅いから止めています」

「遅い?」

「はい」

 私は鞄から一枚の書類を取り出した。

 途端に、周囲の視線がそこへ集まる。

「三日前、月印監査院へ匿名の告発状が届きました。内容は、カエル・ドラヴェン陛下が王位継承資格を得るため、番刻印を人工的に偽造しているというものです」

 ざわめきが爆発した。

「馬鹿な!」

「王への侮辱だぞ!」

「番刻印の偽造など……」

「静まれ」

 カエルが一言発すると、それだけで声が消えた。

 やはり王というのは便利な職業らしい。

 私が監査院で「静かにしてください」と言っても、だいたい三回は言わないと誰も聞かない。

「続けろ」

「よろしいのですか?」

「止めたのはお前だろう」

「それもそうですね」

「……お前は俺を苛立たせたいのか?」

「違います。ただ、緊張すると余計なことを言う癖がありまして」

「緊張しているようには見えないが」

「そう見えるよう訓練しました」

 嘘だった。

 実際、心臓はかなりうるさい。

 これだけの狼人族が集まった大聖堂の中央で、その頂点に立つ男へ「あなたは不正をしているかもしれません」と告げているのだ。

 怖くないわけがない。

 膝が震えていないだけでも、自分を褒めてやりたいくらいだった。

 私は息を整えてから、告発状を掲げた。

「北方王位継承法、第十二条。王位継承者は、成人後に生じた番刻印または月神殿が認定した単独継承の証明を提出する必要があります。陛下の場合、三年前に胸部へ出現した番刻印が王位継承資格の根拠の一つとなっています」

「ああ」

「ですが、その刻印には相手側の記録が存在しません」

「相手が見つかっていない。それだけだ」

「通常ならそうです。しかし――」

 ここから先を言えば、後戻りはできない。

 もともと戻るつもりなどなかった。

「事前に提出された魔導写本を確認したところ、陛下の刻印には三箇所、不自然な魔力の断絶がありました。自然発生した番刻印には通常見られないものです」

 重臣たちの顔色が変わった。

 カエルだけは動かなかった。

「つまり?」

「偽造である可能性があります」

 今度は誰も声を出さなかった。

 静かすぎて、天井近くで燃える蝋燭の音まで聞こえそうだった。

「陛下」

「なんだ」

「確認させていただけますか」

「ここでか?」

「ここだから意味があります。別室へ移動したあとでは、刻印そのものが交換された、監査院と王家が裏取引をした、私が脅されたなど、いくらでも余計な疑惑が生まれます」

「俺がお前を脅すかもしれないとは考えないのか」

「考えています」

 これは即答した。

 カエルがわずかに目を細める。

「ずいぶん正直だな」

「監査官なので」

「便利な言葉だ」

「ええ。気に入っています」

 カエルがゆっくり祭壇から降りてきた。

 一段。

 二段。

 磨き抜かれた黒い靴が石床を踏むたび、周囲の人々が自然と道を空ける。

 私の目の前まで来ると、想像していた以上に大きかった。

 私は背が低いほうではない。それでも見上げなければ顔が見えない。

 それに、近い。

 狼人族のアルファには特有の圧力がある。

 弱い者なら、それだけで膝をつくこともあると聞く。

 けれど私には狼としての本能がほとんどない。

 いわゆる無月者。

 狼へ変身できない、半端者。

 だからだろうか。

 周囲の者が息すら詰めているのに、私が感じたのは恐怖より先に――妙な匂いだった。

 森。

 雨。

 それから、冷たい石のような匂い。

 胸の奥が、ほんの少しだけ疼いた。

 何だろう。

「どうした」

「いえ」

「顔色が変わった」

「陛下が思ったより大きかったので、少し腹が立ちました」

「なぜ俺の身長でお前が腹を立てる」

「見上げ続けると首が疲れます」

「……本当に面倒だな、お前」

「先ほども聞きました」

 そのときだった。

 カエルが自分の胸元へ手をかけた。

 留め具を外し、黒い正装の襟をわずかに開く。

 ざわ、と女性たちの間から妙な空気が流れた。

 私はそちらを見ないことにした。

「確認しろ」

「では失礼します」

 私は右手の手袋を完全に外した。

 監査には素手で触れる必要がある。

 他人の番刻印。

 偽りの契約。

 強制された絆。

 私には、それらに生じる小さな亀裂が見える。

 なぜそんなものが見えるのかは分からない。

 幼い頃からそうだった。

 ただ、その能力のおかげで私は生きてこられた。

 狼になれない役立たずではなく、監査官リア・ヴェイルとして。

「触れます」

「ああ」

「嫌でしたら今のうちに言ってください」

「俺にそれを聞くのか」

「本人の同意なく身体へ触れるのは嫌いなんです」

 カエルは一瞬黙った。

 その沈黙だけが妙に長かった。

「……構わない」

「ありがとうございます」

 胸元に指先を伸ばす。

 銀色の刻印は左胸、心臓に近い場所に浮かんでいた。

 欠けた月。

 その周囲を囲む獣の牙。

 相手側の紋様が存在しないため、完成していない。

 指先が触れる。

 その瞬間。

「――っ」

 世界から音が消えた。

 熱い。

 いや、痛い。

 胸の奥へ直接、焼けた針を突き刺されたような痛みが走り、私は反射的に手を引こうとした。

 だが、その前にカエルが私の手首をつかんだ。

「待て」

「離して――」

 言い終わらなかった。

 銀色の光が弾けた。

 誰かが悲鳴を上げた。

 私の手首が、焼けるように熱い。

「何……これ……」

 そこには、今まで存在しなかった印が浮かんでいた。

 銀色の三日月。

 その周囲を囲む獣の牙。

 カエルの胸にあるものと、鏡合わせの紋様。

 同時に、彼の胸の不完全だった刻印が光り、欠けていた部分が埋まっていく。

 完成してしまった。

「番だ……」

 どこかで誰かが呟いた。

「陛下の番だ」

「月神よ……」

「王妃だ!」

 声が広がった。

 ひとり。

 二人。

 やがて大聖堂中の狼人族が、一斉に膝をついていく。

 何なの。

 冗談じゃない。

 私は自分の手首をこすった。

 消えない。

 監査官として何百という刻印を見てきた。

 偽物も見た。

 本物も見た。

 そして嫌になるほど理解している。

 この光り方。

 この魔力の流れ。

 この異様なほど自然な馴染み方。

 どう見ても――

「見つけた」

 低い声がした。

 顔を上げる。

 カエルが私を見ていた。

 さっきまでの冷たい王の顔ではない。

 金色の瞳の奥で、何か獣じみたものが揺れている。

 私の手首をつかむ指が、わずかに強くなった。

「お前だったのか」

「何がです」

「三年前から、俺の刻印の先にいた女だ」

「それはまだ――」

「俺の番」

 その言葉を聞いた瞬間。

 腹が立った。

 怖かったからかもしれない。

 混乱していたからかもしれない。

 けれど何より私は、周囲の人々の目が一瞬で変わったことが嫌だった。

 さっきまで私は、王を告発した不届きな監査官だった。

 それが今では、王の番。

 未来の王妃。

 私という人間そのものが、たった一つの刻印で別物にされた。

 十七歳のあの日と同じだ。

 ――お前が私の番であるはずがない。

 胸の奥に古い声が蘇る。

 嫌だ。

 もう二度と。

 私はカエルの手を振り払った。

「違います」

 大聖堂中から視線が集まる。

 カエルの眉が寄った。

「何が違う」

「私は、あなたの番だとは認めません」

「……刻印が出ている」

「見れば分かります」

「俺の刻印も完成した」

「それも見れば分かります」

「では何が不満だ」

「そういうところです」

「どういうところだ?」

 心底分からないという顔をされたので、余計に腹が立つ。

「刻印が出た。だから番だ。はい、今日から王妃です。そんな話を、監査官である私がそのまま受け入れると思いますか?」

「本物の刻印に見えるが」

「私にもそう見えます」

「だったら――」

「だから調べるんです」

 私はカエルの胸を指した。

「そもそも私は、あなたの刻印が不自然だからここへ来たんです。その私が触れた途端に都合よく対になる刻印が現れて、それで『ああ、本物でした。めでたしめでたし』と帰ったら、監査院の同僚に笑われます。いえ、笑われるだけならまだしも、院長に報告書を投げ返されます」

「今、王妃になるかもしれない話をしているんだぞ」

「私には報告書のほうが現実的です」

 カエルが黙った。

 私は手首の銀色の刻印を睨みつける。

「それに」

「まだあるのか」

「あります」

「言え」

「私は運命という言葉が嫌いです」

 今度こそ、彼の表情からわずかな余裕が消えた。

「運命だから結婚する。運命だから愛する。運命だから一生離れられない。便利ですよね、自分で決めなくていいんですから。でも、その運命が間違っていたとき、誰が責任を取るんです?」

 答えはなかった。

 私は静かに息を吐いた。

「ですから、陛下。この刻印も監査します」

「俺との番契約を?」

「ええ」

「王家始まって以来かもしれないぞ。自分自身の番刻印を偽物だと疑う監査官は」

「光栄です」

「褒めていない」

「知っています」

 しばらく、私たちは睨み合った。

 先に視線を逸らしたほうが負け、という子供じみた意地が途中から混ざっていた気がする。

 困ったことに、カエルもかなり負けず嫌いらしい。

 最終的に、彼が小さく息を吐いた。

 そして。

 笑った。

 本当に少しだけ。

 けれど噂に聞いていた冷血王が笑うとは思っていなかったので、私は何も言えなくなった。

「いいだろう」

「……何がです」

「調べろ」

「もちろん、そのつもりですが」

「最後まで聞け」

「はい」

「お前の言う通り、この刻印が偽物なら暴けばいい。俺が王位のために作ったというなら、その証拠も探せ。ただし」

 再びカエルが私の手首をつかんだ。

 今度は振り払える程度の力だった。

 だからこそ、妙に意識してしまった。

 銀色の刻印同士が近づく。

 どくん、と心臓が跳ねた。

 自分の鼓動なのか。

 彼の鼓動なのか。

 一瞬だけ、分からなかった。

「証明するまでは、俺のそばにいろ」

「嫌です」

「即答するな」

「条件が大雑把すぎます。『そば』とは具体的に何メートルですか。それに期間も――」

「リア・ヴェイル」

 初めて名前を呼ばれた。

 なぜか、それだけで背筋がぞくりとした。

 カエルは私を見下ろし、金色の目を細めた。

「ならば証明しろ」

 周囲には、まだ膝をついたままの者たちがいる。

 祭壇には王冠。

 私の手首には、つい数分前まで存在しなかった銀色の刻印。

 そして目の前には、王国で最も面倒そうな男。

「お前が俺の番ではないということを――俺のそばでな」

 その瞬間、私は確信した。

 今回の監査。

 たぶん、ものすごく面倒なことになる。

 そして私はまだ知らなかった。

 この日、私の手首に現れた銀色の刻印が、たった一人の王との結婚だけではなく――王国そのものを壊しかねない秘密へつながっていることを。

 もちろん、そのときの私はそんな大それた未来など想像もせず、ただ一つの現実的な問題について考えていた。

 ――王宮滞在になったら、監査院の日当は増額されるのだろうか。

 我ながら色気のない話だった。

 けれど運命より日当のほうが信用できる。

 少なくとも、このときの私は、本気でそう思っていた。

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第83話 マルセル・モーンを探したら、三か月前まで死者のふりをしていました

    第83話 マルセル・モーンを探したら、三か月前まで死者のふりをしていました マルセル・モーンという人間について私たちが確実に知っていることを一枚の紙へ並べてみると、十九年前には月印監査院の医療中枢へ所属し、五歳だった私の白狼封印処置に立ち会い、十一年前には正式な研究職を離れているにもかかわらず、その後も七年前、三年前、そして三か月前に至るまで、北境第三静養所で彼の旧医療権限と一致する認証が使用され続けていたという、普通に考えればかなり不自然な人物像が出来上がった。 さらにノアが覚えている医療担当Mは、年配で白髪が多く、青い目をしていて、注射が上手く、左手に傷があり、触られると手が冷たかった。 現存するマルセルの古い職員写真にも、左手の甲から手首にかけて傷が確認できる。 それだけなら同一人物を疑うには十分だが、認定するには足りない。「そして、ここへ新しい情報が加わります」 ユアンが王都から取り寄せた戸籍記録を机へ置いた。「マルセル・モーンは、書類上では二年八か月前に死亡しています」 私は思わず顔を上げた。「二年八か月前?」「はい。三年前の事件より四か月ほど後です。死亡場所は王都東区の個人療養院で、死因は月脈性心不全、享年六十八歳。遺体確認者は療養院医師一名、監査院元職員一名、そして遠縁の親族一名となっています」 セレーネが眉を寄せた。「それなら、エリアス院長が四年前を最後に会っていないと言っていたのはおかしくないの?」「叔父と甥だから、死ぬ前に必ず会うとは限りません」 私は答えた。「ただ、院長が叔父の死を知っていたかは聞く必要があります」「知らなかったら、それも変じゃない?」「かなり変です。でも、家族関係が疎遠だった可能性もあるので、まず聞きます」 カエルが隣から死亡証明を覗き込んだ。「遺体は埋葬されてい

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第82話 母の記録には、カエルが三年前に死ぬ未来が何通りも残っていました

    第82話 母の記録には、カエルが三年前に死ぬ未来が何通りも残っていました カエル・ドラヴェンが本来の自然接触時期まで私と出会わなかった場合、死亡する確率は六八パーセントだったという月鏡の記録を初めて見たとき、私は無意識のうちに「三年前の誰かが、カエルが殺される未来を知っていたのではないか」と考えていた。 けれど、第零資料室で月鏡そのものが未来を一つだけ見通す神具ではなく、血統、月脈、生活環境、過去の選択から膨大な未来候補を計算する装置だったと分かった以上、その六八という数字についても、誰か一人に殺される確率なのか、病死なのか、戦死なのか、それとも複数の危険をまとめた数字なのかを分けなければ、また自分たちに都合のいい物語を作ることになる。 そこで私は翌朝、眠る母セラの中へ保存されている「R.V.未来記録」そのものではなく、その外側へ複製された月鏡演算索引だけを読み取る許可を申請した。「昨日と同じ制限でお願いします。母本人の人格記憶へは入らず、月鏡から受信した未来候補の目録と、その計算条件だけを確認します」 老医師は構造図を見ながら頷いたものの、今度は少し難しい顔をした。「昨日の外部証言殻よりは一段深い場所へ入ります。セラ夫人自身の記憶には触れませんが、月鏡記録と本人神経系の境界に近いため、反応が上がった場合は自動停止させます」「母が目を覚ます可能性は?」「この処置だけなら非常に低いでしょう。ただし、以前お伝えしたとおり、セラ夫人の内部記録には現在二十四歳のリア監査官に関する更新まで届いていますから、月鏡側があなたを認識して何らかの応答を返す可能性までは否定できません」 その言葉を聞いたカエルが、通信鏡の向こうから眉を寄せた。『俺の王血は近づけないままでいいんだな』「はい。あなたは地上から通信参加です。昨日と同じく保存区画側へ映像も音声も返しません」『それなら従う。ただ、今回は俺自身の死亡予測を読むんだろう。内容によっては途中で俺にも選ばせてくれ』

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第81話 犯人は監査院の中にいる――でも、内部権限を持つ人間全員を犯人にはできません

    第81話 犯人は監査院の中にいる――でも、内部権限を持つ人間全員を犯人にはできません 月印監査院中央資料庫への襲撃から一夜が明けても、王都ではまだ焦げた紙と月銀溶剤の臭いが建物の奥へ残っているらしく、北境第三静養所へ送られてくる通信映像の向こうでは、煤で黒くなった壁を背にした監査官たちが、眠っていない顔で一人ずつ自分の権限鍵を提出していた。 私はその映像を見ながら、昨夜から何度目になるか分からない濃い茶を口へ運び、すぐ隣からカエルに「それを飲み終えたら一度水を飲め」と言われたものの、今は返事をしている余裕がないという顔をしたところ、「返事を省いても聞こえていないことにはならないぞ」と追加されたので、仕方なく水差しへ手を伸ばした。「あなた、共有を閉じてから私の生活管理が細かくなっていませんか」「以前は刻印越しに疲労が分かったから、ここまで言葉にする必要がなかっただけだ。今はお前が平気な顔で三時間同じ椅子へ座っていても、本当に平気なのか分からないから聞いている」「監査中に三十分ごとに水分確認されると集中が切れます」「昨日、昼食を一時間半の休憩だと約束したのに四十分で資料を開いた人間が、自己管理について俺へ文句を言う権利はあまりないと思う」「細かいところまで覚えていますね」「お前相手では覚えていないと負ける」 向かいで認証履歴を整理していたユアンが、笑うべきか黙るべきか迷ったような顔をしたので、私は彼へ「今の会話は監査記録へ入れなくて構いません」と伝えた。「僕も入れるつもりはありませんでしたが、リア監査官の水分摂取量まで監査記録へ残すようになったら、さすがに業務範囲を見直したほうがいいと思います」「そうしてください。それより、四本の院長代理鍵について進展はありましたか」 ユアンはすぐ仕事の顔へ戻り、壁面へ四つの認証波形を映した。「現在有効な院長代理鍵は、第一副院長エドガー・ロウ、第二副院長ミリア・フェン、中央法制監査長ガルド・ヘイン、それからエリアス

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第80話 月印監査院が燃えた夜、守られたのは人ではなく「運命の記録」でした

    第80話 月印監査院が燃えた夜、守られたのは人ではなく「運命の記録」でした 王都の月印監査院中央資料庫が襲撃され、古代接続研究、月鏡、白月原典に関係する保管区画だけが集中的に破壊されていると知らされた瞬間、私は北境から王都へ駆け戻りたいという衝動を覚えたけれど、現実には冬の山道を馬で飛ばしても半日以上かかるうえ、ノアと眠った母を抱える北境施設そのものが無関係だという保証もないため、まず通信鏡を四系統へ増設し、現地指揮、資料保全、負傷者情報、認証記録を同時に確認できる臨時監査室を作った。「リア、先に言っておくが、今から王都へ戻ると言い出しても止めるぞ。これは心配だから閉じ込めたいという意味ではなく、お前が到着する頃には現場状況が変わっているうえ、襲撃側が北境からお前を引き離す目的まで持っている可能性があるからだ」 カエルが私から言われる前に説明したので、反射的に反論しかけた言葉を私は飲み込んだ。「私も今は戻りません。ただし、王都側だけで資料を選別すると、あとから何が本当に焼けたのか分からなくなるので、現場映像を切らずに残してください。それから消火より人命を優先することは当然として、職員へ資料を取りに戻るよう命令しないでください」「それはもうエリアスが命じている」 別の通信鏡に、煙の充満した監査院中央廊下が映っていた。 エリアスは院長服の上着を脱ぎ、口元へ濡れた布を巻いたまま、若い職員二人を非常階段へ押し出している。『第二資料階は捨ててください。複製がある資料は燃えて構いませんし、複製のないものでも人間より優先する資料はありません。名前を書いて戻ってきた人間は、火が消えたあと私が直接始末書を書かせますから、今は全員外へ出てください』 咳き込みながら避難してきた女性職員が、「でも院長、第一古層庫だけは原本しかありません」と訴える。『聞こえませんでしたか。資料は人間が作り直せる場合がありますが、あなたは燃えたら戻りません。私が院長命令として放棄を許可しますから、その責任まであなたが背負わないでください』

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第79話 エリアス院長は、私たちが探す前に白月遺跡の場所を知っていました

    第79話 エリアス院長は、私たちが探す前に白月遺跡の場所を知っていました エリアス院長から届いた通信要請を受けた私は、すぐ鏡を開くことも、逆に怒りに任せて拒否することもせず、まず添付されていた資料を最後まで読み、それからユアンへ「今回の会話は本人の同意を取ったうえで正式な監査記録として保存してください」と頼んだ。 白月第一誓約所の所在地を、院長は少なくとも四年前には知っていた。 正確には、現在の地図上で特定できる座標と、そこに番形成原典へ繋がる古い契約記録が残されている可能性を把握していたらしい。ただし院長自身が現地へ入った記録はなく、彼が添付してきた資料にも「原典そのものを直接読んだ」という証拠までは存在しなかった。 それでも、私が北境へ来る前に知らせる機会はいくらでもあった。 母の研究を調べ始めたとき。 白月について尋ねたとき。 月鏡の未来候補を発見したとき。 何より、院長自身が北境第三静養所へ近づくなと警告してきたときにも、第一誓約所という別の遺跡については一度も話さなかった。「リア監査官、通信準備が整いましたが、先に一つ確認しますか」 ユアンに聞かれ、私は資料から顔を上げた。「何をです?」「院長と二人だけで話したいなら、僕たちは記録装置だけ残して席を外せます。今回の件は監査対象としての聴取でもありますが、あなたにとっては十九年間に近い付き合いのある相手でしょうから、最初の会話だけ私的にしたいなら、その選択もできます」 以前なら迷ったかもしれない。 少なくとも、院長が何を考えていたのかを他人に聞かれる前に、自分だけで確かめたいと思った可能性はある。「いいえ。同席してください。私が感情的になった場合、そのこと自体も含めて記録してほしいです」「感情的になってはいけない、という意味ですか」「逆です。怒るなら怒って構わないと思っています。ただ、怒った結

  • 運命の番を監査する私、冷血アルファ王の偽装結婚を暴くはずが「お前こそ俺の唯一だ」と刻印されました   第78話 眠る母の記憶の中には、監査院の二つの顔が残っていました

    第78話 眠る母の記憶の中には、監査院の二つの顔が残っていました 母セラを起こさないまま、しかも本人の私的な記憶へ勝手に踏み込まず、十九年前の監査院で何が起きていたのかを調べる方法があると老医師から聞かされたとき、私は最初に喜ぶよりも、「それは結局、眠っている人間の頭の中を本人の許可なしに読むことにはならないのですか」と尋ねた。 ここまで来て今さら慎重ぶっているのではなく、むしろ母が五歳の私を守るために私の意思を代行し、狼化能力まで封じたことを知ったからこそ、私は「真実を知るためなら仕方がない」という言葉を以前より簡単には使えなくなっていた。「その疑問はもっともですから、今回提案する方法ではセラ夫人本人の長期記憶層には触れません」 第三封鎖区画の手前に設けた臨時医療室で、老医師は保存槽の構造図を指しながら説明した。「以前の検査で、セラ夫人の内部には大きく三層が存在すると確認しました。一層目が本人自身の記憶、二層目が白狼個体Rに関する月鏡未来候補記録、三層目が月鏡断片に似た未確認構造ですが、今回読み取ろうとしているものは、そのいずれとも少し違う外縁部にあります」「外縁部というのは、母の記憶ではないんですか」「正確には、セラ夫人が自分の記憶として保持することを避け、外部保存用に複製した業務記録です。研究会議の議事、接続設計の修正履歴、監査院との通信などを、後から検証できるよう神経記録の外側へ退避させたものだと思われます」 ユアンが別の図を重ねた。「古代の監査官が証言者本人の記憶と業務記録を混同しないために使った『外部証言殻』という技法に近いです。本人が後から記録を改変しようとしても、作成時点の内容がそのまま残るよう設計されています」「つまり母が自分で保存した監査記録なら、私的記憶を盗み見ることとは違う?」「かなり違います。ただし、セラ夫人が十九年後の娘に読ませることまで明示的に同意した記録ではありませんから、完全に問題がないとは言いません」 私はしばらく考えた。

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status